松本ピアノ日記③
Posted on: 2010年9月4日
国産品ピアノの製造元祖ともいえる「松本ピアノ」
創業者であり製造者である松本新吉氏は
「自分の求めるピアノ」を生涯つくり続けました。
音色を重視したピアノづくりは、素材も国内のものを吟味し、
部品1つ1つ手作り、あくまでも国産にこだわっていました。
同じころ、他社は文部省の後押しをうけ欧米へ渡り
機械や部品を買い付けできる恵まれた環境の中
輸入した部品を組み立て、
自社ブランド化し企業としての広がりをみせます。
一方、松本氏がアメリカに渡った目的は、ピアノの製造技術の研究・・・
いわゆる“修業”という独自のライフスタイルだったのです。
しかも国に妻子を残し、すべて自費。
まさしくピアノに人生をかけた生きざまは、
生涯続いた情熱だったのでしょう。
当時日本からピアノの買い付けに行くものはいても、
工場に製作を学びに修業・・・というのは東洋人ではじめて。
チャレンジ魂と日本職人のモノつくり魂、
そして何より調律の腕前がアメリカ人をうならせたという実力は
そのころ厳しかった人種差別という壁も消し去り、
“日出づる国の進歩的な市民の第一歩、松本新吉帰る”そんな新聞記事で
日本への帰国を惜しまれたそうです。
戦後の厳しい時代も乗り越え、三世代に渡り製造された松本ピアノは
「美しい音色のピアノ」 という、とてもシンプルで日本人らしい志をもち、
精一杯の僅かな台数を、丁寧につくり続ける
日本の手しごと、職人魂の象徴のように思えます。
惜しみなく手間をかけるか、いかに手間を省くか、
アナログとデジタル、
使い分けの選択を慎重にいきたいものです。
写真家・大沼英樹氏が撮られた松本ピアノの一枚は
秋に冊子の一ページで掲載、
皆様にもご覧いただける予定です。
ゆっくりと戻ってきている音色、
皆様にお聴きいただける日を
もうしばらく
楽しみに お待ちください。




コメントを残す